2021年05月07日

すべてがデザインという話

 私が生きているという事、私たちが生きているという事はすべてデザインという名の創造物によって成り立っている。
日常の暮らしが繰り返されることは時間のデザインであり、生活態度のデザインであり行き着くところそれは人生のデザインのプロットタイプになるわけです。
 その生き方が自らの意図したものであるか、他者からの影響を受けて流されたものであるかは重要なポイントではないでしょうか、少なくとも自分で自分の生活をデザインできるかどうかに人生の幸不幸がかかっているといえます。(と、今私は思っています)
 意思とか意識とかという他者が垣間見る事の出来ない領域というのがあって、どういう認識を持たれているかはその自分の中身を表しているであろう外面からしか伺えないのであります。
 人を見る時、その人となりは言葉遣いや動作や表情に現われるように身に着けている服や靴や持ち物によっても同様です。いわゆる「ファッションセンス」というものです。そして、そのことを良しとして友人になったり、お客になったりするわけなので自分にとって抵抗感のない人間関係を気づこうとしたときの「バロメーター」となるのが最初の見た目の印象なのです。

 仕事生活においても「デザイン力」は欠かせません、目標設定もデザインとして考えてみなければなりません。例えば達成した時のイメージ画像を心の中に展開していくことは「イメージコントロール」という一種のシミュレーション画像を描くことによって具体的な達成イメージがつかめるようになります。
 私の仕事の一つである「メニューデザイン」もお客様の店舗に対するイメージづくりの一翼を担っていると思っていますし、看板やSNS上の構成デザインなども同様な役割であります。
 私個人の仕事デザインのキャッチコピーは・・・「何か気になる筆文字や、イラストがあるよねー」というお客様の潜在意識に訴求するものとしてのデザイン・・・を
  こんな戦略で仕事をしてきました。

 自らの思いはデザインとして形になりその思いがジャストミートするお客様に届けられる、またその思いは同じような波長のお客様とフュージョンすることで成果につながるのです


 数十年の仕事生活で確信したことです



 希望.jpg
posted by 筆文字や隆庵 at 10:03| Comment(0) | イラストデザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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