2023年03月17日

ヴィジュアルプレゼンテーションの妙味

 通常我々が目にしている風景は、日常の当たり前の景色として存在しているために印象の中に、心の中のスクリーンに当たり前に溶け込んでいるのです。そこには何の刺激も感じない。
 日々通り抜けている幹線道路、車中から見える景色にあるとき急な違和感を覚える。その時は・・何かの建物がなくなっていてなんか工事しているといった風景を見たときである。「ここは何があったかな?」と漠然と感じるのだが思い出せないのである。

 いや、確かに何かがここに存在していた。でも今はない。

 この違和感を演出してみようと考えたのがロードサイドにある店舗の看板なのである。

 でかいの法則・・・
 ブランドデザイン、ロゴの表示・・・
 間違いの表示・・・明らかに文法がおかしいキャッチコピー
 
業種によってさまざまな工夫がそこにある。

 一元客を取りこもうとする看板の在り方は「食い倒れの町」大阪にみることができる。玄関即看板という感じは、それはもう目立つことを優先している感

 一方、静かな看板「コンセプトに共鳴」を訴えている感

 それぞれの思想の違いがあって面白いのである。ヴィジュアルには多くの物語を感じるものだ
posted by 筆文字や隆庵 at 21:42| Comment(0) | イラストデザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

定年制に対しての意見

 いつまでも仕事をしていたいという意見は何も経済的な問題だけではないと思うのである。
仕事を始めた最初のころというのは誰もが「見習い」であるわけだから、当然少ない技量であり、所属する組織の上司や、お客様から教わりながら段々と成長していくのであります。
 ということは、誰かに迷惑をかけながら一歩一歩階段を上るように、

 成功と失敗を繰り返しながら進んでいくのである。

 年月を経て体験を積み重ね、数々の原因と結果のありようを自らのノウハウとし、様々な人脈を築き、そうして人々のお役に立てる自分を作り上げるのである。
 あわせて、自らが関わっている業界の特殊性独自性などの理解を深めながら、共通するなんらかの法則を発見するのである。その共通性を言い表している言葉「一芸に秀は万芸に・・・」といわれているように

 私の体験上この心境は50代後半くらいにならないと、理解できないかとも思うのである。さて問題は、これらの成熟した考えや全体をみる能力を身に着けたころに定年という名の「引退勧告」をうけるというのである。

 なんともったいないことと思うのである。

 もう仕事はしない、解放される、これからはゆっくり生きようと喜びのんびりと過ごそうと思う人もいる
 あるいは、仕事を生きがいとしていた人が虚脱感に陥り何らかの趣味を持とうと無理やり何かを始める人もいる
 生きがいを亡くし日々を無駄に送る人もいる

 しかし、本来人間というものは 誰かのお役に立っているという実感があってこそ自らの存在を肯定できるという本質をもっているものだと思う、確かに趣味もよかろう、しかしその趣味が他とのふれあいのない自分だけの世界観に浸るもの寂しさを味わっている人もいるのである。

 という事は、やはり趣味とはいえど他の役に立つという事を考えてみたいと思うのである。

posted by 筆文字や隆庵 at 20:32| Comment(0) | イラストデザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする